(以下引用)
――いまや国民的バンドと称される存在になっています。明確にそういう存在になろうという意図をもって活動されてきたのでしょうか。
意図してこうなっています。「フェーズ1」(※)が終わって、活動休止中にやりたいことを100個ぐらい書いたんです。それがほぼ、かなった「フェーズ2」でした。
“意図して”と言っても「次はこれをかなえるためにみんな動いてくれ」と話をしたのではなくて、1回書きつづってチームに展開したことに意味があって。みんなの志を同じ方向にして活動できたというのが大きかったです。
(※ミセスは活動を段階ごとに区別している。結成から2020年7月8日までが「フェーズ1」、その後の活動休止を経て22年3月18日から25年末までが「フェーズ2」、26年から「フェーズ3」に入っている)
(中略)
――それは国民的バンドという肩書を背負う気持ちとも重なっているのでしょうか。
バンドって、本当に難儀な人たちの集合体で、「分かってくれる人が分かりゃいいよ」という精神で成り立っているものだけど、(自分たちは)そう言わないということが、国民的なものを背負う覚悟と同義で繋がっているんです。
今のミセスがこれだけ好きなことを色々とやらせてもらっている中で、急に「いや、分かんなかったらいいよ」と言うのって、めっちゃダサいじゃないですか。それをしない覚悟を持つというのが、もうこの(「POPS」という)タイトルです。
――国民的バンドとしての自覚を持つ中で、「POPS」というタイトルを掲げられたということですが、そのことが持つ意味を教えてください。
非常に大きいタイトルで、本当につけるかどうか、ギリギリまで迷いました。ポップスって、ただただ明るいという意味ではなく、大衆的、商業的という意味なので「(ポップスから)ズレていくんじゃねえぞ」と、自分らに対してスローガンのようにつけた感覚です。
ミセス大森元貴、国民的バンドに「意図してなってます」…新アルバム『POPS』収録曲は「ここまで歌っちゃっていいのか僕の中でも挑戦」 : 読売新聞 https://t.co/212xQzfUbX #ミセス #大森元貴
— 読売新聞オンライン (@Yomiuri_Online) September 29, 2026
この話題にネットでは
「意図してなろうとしてなっているところがすごい」
「結果を出していることがすごい。私は個人的には聴かないけど、自分が仕事柄たくさん接している子供達は、ミセス大好きだしな」
「自分で国民的というあたりに驕りがすぎる」
「結果そうかもだけど自分で意図してなってるって、そういうビッグマウス発言って後々残るのによく言うなと思う」
「やっぱりね。自己顕示欲強いんだろうなって思ってた」
「ミセスの売れ方に叩く人もいるが、いつの時代も売れる人にアンチがつきまとう。私も当初はミセスに懐疑的だったけど、フェーズ1では初期衝動のような曲もあるし、爆発的な売れ方してからもこの人たちはずっとレコーディング風景をYouTubeで出してる。多分ここまで曲の制作過程を見せてるバンドもいないのではと。あれを見ると完全にバンド」
という声も。