(以下引用)
シンガポールはもう十分にわかったから、と日本に帰りたいと言い出したのは夫だった。私は不安や迷い、子どもたちの将来のことなどいろいろ考えたけれど、結局はまた夫の船に乗るという冒険を選んだ。
帰国もまた、シンガポールに移住した時とは違う種類の体力を消耗した。移住が勢いよく身を投げ出す冒険だったとしたら、帰国は何もかもを整えていく、まるで一度散らかしたものを、引き出しに一個一個収納していくような終わりの見えない作業だった。
それでも、やはり中田敦彦というジェットコースターにやみつきな私がいるのも事実だ。
想像以上のものを与えてくれたシンガポールでの暮らし。海外で暮らし、子育てする楽しさと難しさを教えてくれた5年間。
子どもたちも全身で異文化と多様性を享受していたけど、私自身にも価値観の変化と自分への自信を取り戻すかけがえのない経験を与えてくれた。間違いなくこの5年間は人生のハイライトになるだろう。
日本に家族で戻ることは、正直迷いも不安もあるけれど、でも家族の全員が納得して出した結論だ。
本帰国して数ヶ月が経った今思うのは、元のチャプターに戻ったというより、新章の始まり、という感じ。映画だったら「〜リターンズ〜」とサブタイトルがつくのかもしれない。2歳の第3子という新キャラもいるしね。彼もいい感じに家族を引っ掻き回してくれている。
これからどんな冒険が私たちを待ち受けているのか、それはわからないけれど、40代になって気持ちも体力も元気になってきた私と、海外で暮らして得た鋼のメンタルを携えた私がどうなっていくのか、まだまだ面白いことが起こりそうな予感がする。
【福田萌、5年間暮らしたシンガポールから日本へ帰国を告白。家族で選んだ大きな決断】https://t.co/5UYuCT2UOk…
— FRaU(フラウ) (@frau_tw) July 4, 2026
この話題にネットでは
「結局帰ってきたんだ」
「散々旦那日本下げしてなかった?シンガポール万歳だったじゃん」
「出ていくとき後ろ足で砂かける勢いだったよねw」
「学校考えたらやっぱ日本なのかな」
「子供の進路で絶対帰って来ると思った。2人とも日本で学歴築いてるタイプだもんね」
「円安だからでしょ。そう言えば良いのに」
「「シンガポールはもう十分に分かったから」草」
「色々あるツッコミどころはひとまず横に置いといて、「5年でシンガポールはもう分かった」というセリフが…シンガポールという国や国民にとても失礼だと思う。例えそう感じたとしても、もう少し言葉を選べないのか」
「移住というか5年が最長だったんでしょ」
「夫に振り回されてるけど楽しんでます的な?」
「シンガポール移住しても大半が帰ってきちゃうよね。小さな国だからあきちゃうって」
という声も。