(以下引用)
10年ほど前だっただろうか。母親から電話口で、「子育てが下手でごめんね」と謝られたことがあった。
声のトーンから察するに、実際のところは、謝罪と嫌味の狭間……といった感じである。芸人としてブレイクした後、珍しく電話し、他愛もない雑談を交わしていたときの発言だった。
母親からしてみれば、かつて筆者が引きこもりとなった際、上手く対処できなかったとの後悔があったのかもしれない。まあ、実際、次男たる筆者に限らず、3人兄弟の誰一人として、子育てが「上手くいった」とは言えない状況にあったのは事実だ。
(中略)
電話口では、「いや、飯が食えるようになったのも、オトンとオカンのお陰だよ!」と芸人人生で培ったコミュニケーション技術を駆使して、全力でフォローした。美談のように聞こえるかもしれないが、その実、このとき筆者は、無性に腹が立っていた。
つまり、「子育てが下手だった」という言葉で、自分の生活や人格の大部分を作り上げた子ども時代をリコールされたような気分になったからである。
(中略)
「私の育て方が悪かった」と自分側の落ち度のように言いつつも、実際のところは、子ども側の過去と現在を否定している。こんな一家心中のような「自虐」もない。
育て方が悪かったのか……と悩む保護者の皆様におかれましては、ぜひ、その言葉を思っていても口には出さないでいただきたい。
子ども側がどのように理解を示したとしても、少なからず、子どもの持つ、親に対する信頼を損ねる結果につながると思うからである。
「母親の残酷なセリフ」「その言葉は口に出さないで」(ダイヤモンド・オンライン)#Yahooニュース#僕たちにはキラキラ生きる義務などない #山田ルイ53世 https://t.co/vySNlUVXzb
— 髭男爵 山田ルイ53世@1/9 「僕たちにはキラキラ生きる義務などない」が大和書房より発売 (@higedanshakuY53) May 24, 2026
この話題にネットでは
「親としてはお前の責任じゃないよってニュアンスなのかもしれないけど、まあナイーブな話だと謝っても気にしなくても怒っても不正解になるし難しいね」
「だからシンプルにあの頃は上手く対応できなくてごめんね。とかで良かったんじゃって思った。あと、これ以外でもちょこちょこ気になる言い方されてて塵積ももありそう」
「親自身だけでなく、現在の子のことも、もろとも否定してる台詞だもんな。それは自虐では無い」
「そうは言われるけど不登校になると親って不登校の理由聞かれるし、総括として私ども親の不手際ですってコメント出さないと周りが納得してくれないんだけど」
「「私の育て方が悪くて」と他人に言わざるを得ないことはあるだろうけど、我が子本人に言うのは違うじゃんて話よ。しかもこの人は、不登校だったけど今は芸人として1人前になったわけだし、普通の勤め人じゃないからって「おまえは私の失敗作です」みたいなこと言うのは酷いと思うよ」
「他人に頭下げるために言ってもわが子相手には言っちゃいけないやつだよね」
「「子育てが下手でごめんね」はまだ良い気がするけどなあ」
「子育て失敗だったって言われるよりは千倍マシだよね」
「私もこれに近いこと言われた経験あるんだけど、謝罪と嫌味の狭間というか、一生懸命育てたのにダメな結果に育ちやがってという攻撃と、そんな残念な子供を持ってしまって悩み続ける可哀想な私という二つを一まとめにした悪賢い一文だと思う。山田さんのお母様を知らないからニュアンスとかちょっと違ったらごめんなさいなんだけど、うちの毒母の場合は絶対そう。クソな育て方しといて、思い通りに育たなかった私を恨んでると思う」
「こういうの難しいね。何言っても繊細な相手だと刺激になってしまうし、そうじゃないタイプはすぐ忘れるだけだし」
という声も。