古市憲寿「誠意のない人ほどモテる」

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社会学者・古市憲寿さんが自身の新著「コミュ力不要の社交術」で披露している"誠意を持ちすぎないほうがいい"という理由について、デイリー新潮がその新著から抜粋して紹介しています。

(以下引用)

意外と思われるかも知れませんが、僕の見つけた一つの発見を共有させてください。

「人間関係は、誠意を持ちすぎないほうがうまくいく」

恐らく多くの人が逆だと感じるでしょう。誠意を尽くして、他人と向き合うことが人付き合いの基本だ、と。

だけど実は、誠意とはやっかいなものです。

「こんな誘いをしたら迷惑じゃないかな」とか「何度も誘ったら嫌われちゃうんじゃないかな」という誠意が邪魔して、他人に連絡を取れない人が多いと思います。

でも「相手が嫌だったらどうしよう」といった考え方は、一見相手のことを考えているようでいて、実は自分が嫌われたくないだけ、という場合があります。自分が傷つきたくないだけなのに、「誠意」を持っているふりをして、消極的になってしまうのはもったいないと思います。

本当は相手が自分を嫌っているかなんてわかりません。

だから仲良くなりたいと思った相手には、勇気を出して自分から声をかけてみる。誠意の鎧を脱いでみる、というのが人付き合いの第一歩だと思います。

友達が多い人には共通点があることに気が付きました。

それは「自分から誘う人」だということです。

よく食事に誘ってくれる友人がいます。予定が合わずに断ってしまうことも多いのですが、彼は「気にしないで。僕からの誘いはメルマガだと思ってくれていいから」と言っていました。

「メルマガ」なんだから返事は適当でいいし、何なら無視してもいい。こう言ってくれると、断ることを重荷に感じなくて済みますよね。

ここには人付き合いの一つの極意がある気がします。



この話題にネットでは

「基本的にフットワーク軽い人多いよね。断られても「あ、それじゃまた次ねー」ってあっさりしてる」

「この人確かに人脈結構広いよね。一緒にいるメンバーは羨ましいとは思えない感じだけど」

「軽い人間はモテるね」

「そのためには魅力的な雰囲気を持っていないと単なる迷惑かと」

「いやそれモテてないよ。単にアクティブな人なだけ。数撃ちゃ当たる方式はモテるとは違うんじゃないかな」

「人を誘うと嫌がられるかなとかよく考えるがそれが誠意というものだとは知らなかった。自分は誠意がない方だと思っていたのだが」

「誠意って真逆の意味じゃない?相手の気持ちを考えて、相手のために誠実に行動することだと思うよ...この人が言ってるのは常識の範囲内で気軽に誘うことが出来る人はモテるって話で、それは一理あるとは思うけど誠意じゃないよね??」

「言っていることはわかるのだが、果たしてそれを「誠意」と表現できるのか違和感がある。自分から他人を誘える人は「誠意が無い」のではなく、過度に忖度しない、過度に他人の心中を想像しない、自意識過剰でない、だけなのでは。無駄に他人を慮ることを「誠意」とは言わないのではないか」

という声も。



  • 古市憲寿の新著「コミュ力不要の社交術」


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