1月26日放送のABEMA「Abema Prime」で首都圏の中学受験者数が右肩上がりで23年には過去最多の5万2600人となっていることを取り上げた際、ひろゆきこと実業家の西村博之氏(47)が「僕は中学受験はいらないと思っている」と持論を明かしました。
(以下引用)
「発育の状況が子供によって違う。例えば、かけ算九九が小学3、4年生になってもできなかった子っているじゃないですか。でも大人になって、マジでかけ算分かんないんだよねって言っている人ってほとんどいないじゃないですか」と持論を展開した。
さらに「成長によって抽象的な概念が理解できるかどうかという差があるので、(中略)、その後の教育のレベルとかに差をつけていくのはどうなのかな」と中学受験に難色を示した。
この話題にネットでは
「発育が子によって違うからこそ、似たレベルの子と勉強した方が良くない?」
「出来る子が可哀想だよね。上のレベルに行ける能力と親の経済力あるなら、下のレベルとは離れていいと思うけど」
「中学受験経験者です。それぞれの教育段階において多様な選択肢があることは、素晴らしいと思いますよ」
「中学受験は、発達が早い子が有利になり、遅い子はそのままずっと差をつけられる可能性が高いですから、教育格差に繋がりますね」
「こればかりは本人の意欲によると思う。私は意欲ないのに塾に通い、中学受験したけど、嫌だった記憶しかない。子供達が受験したいなら、いくらでも協力するけど親の意思はそこにいらないと思う」
「スポーツでも、子供の頃から英才教育があるし、強豪校に進学が有利だったりする。スポーツが良くて勉学がダメは差別でしょう」
「反対に全員中受させるべきって考え方なんだけどな。中学入学時にある程度能力別に選定しておいた方がいいし、中受する事で小学校で習うべき勉強の基礎を完璧に習得することが出来る。ビリギャルもそうだったけど、中受してたから途中中高でドロップアウトしても基礎が出来てればその後自分の頑張り次第で浮き上がれる様になるよ」
「早い子が遅い子に合わせる意味もないし、遅い子が早い子についてくのも無理でしょ。分けて勉強した方が効率的なのに、よくわかんないこと言ってるな」
「「発育の状況が子供によって違う」これは実感してる。中学生になって必死に勉強したけど小学生の頃は論理だとか暗記だとか全く分からなかった。多分思考の発達が遅かったせい。あと中学受験は親の力が必要だし本人の意思とは程遠い」
「子供の発育が違うってのは本当に思う。子役みたいに大人びてる子供もいればお母さんにベッタリな子もいるし、高校生になったらなにも変わらなくなるんだけど」
「ひろゆきが言ってるのもそこでしょ。高校生ぐらいになると能力の差は言うほどなくなるんだけど、中受をした子のほうが大学入試では絶対に有利になる。大学入試時点の学力差は、本人の能力や努力より、小学校時点の発達の早さとか都会に住んでるという環境のほうが大きい影響を及ぼすっていうこと」
という声も。
感想を投稿
みんなのコメント
コメントはまだありません