オリラジ藤森さんが「カラオケ屋の地面に頭を…」と吉本の先輩からの制裁を明かしたとか。
(以下引用)
長い歴史のある吉本興業のお笑い芸人の中でも、前例がない爆発的な売れ方をしたオリエンタルラジオ。
東京NSC(吉本総合芸能学院)在学中から仕事が入り出し、2005年にデビューしてまもなく「武勇伝」ネタで大ブレイクした。瞬く間に冠番組まで持つようになった彼らは天狗になってしまっていたが、当時はそれを戒める吉本の先輩芸人がいなかったという。
しかし藤森慎吾は、オリエンタルラジオの人気に陰りが見え始めた時「物理的な制裁があった」と語っている。
オードリーとオリエンタルラジオは、『笑っていいとも!』の金曜レギュラーとして、1年半ほど一緒に出演していた時期がある。
7日深夜放送の『あちこちオードリー~春日の店あいてますよ?~』(テレビ東京)にゲスト出演した藤森慎吾を前に、若林正恭は一緒にドライブしたり服を買いに行ったりしたことを懐かしそうに語った。
実年齢や芸歴も5年上の自分を「若さ~ん」と甘えたように呼ぶ藤森が、今までの後輩にはいないタイプで逆に新鮮だったという。
だが若林が運転する車で助手席から「若さ~ん」とグーで頬をペンペンしてきた時、はじめは「何してんだよ」と笑いながらあしらっていたが、あまりのしつこさに激怒。
赤信号で停止した時に「いい加減にしろ!」と藤森を車から降ろしたことがあった。これに藤森は「本気で怒らせたんだけど、当時は悪いと思ってなかった」と苦笑いする。
さらに「私服がダサ過ぎる」と六本木に連れて行かれ、藤森が選ぶ大量の洋服を試着させられたこともあった―と明かす若林の表情は、まるでやんちゃな弟との思い出を語る兄のようだ。
オリエンタルラジオは多くのレギュラー番組が2009年までに終了し、その後は初めてルミネtheよしもとの舞台に立ったり、地方営業にも出ることとなった。
人気が落ち始めると、吉本の先輩芸人から「やっぱりお前、あの時言おうと思ってたけど」と怒られたことが何度もあったらしい。
カラオケ屋の地面に頭をこすりつけられた時には、「すみませんでした」と藤森は謝るしかなかったという。
「ちょくちょく聞いてた。マジでキレられたみたいな話を」と今なら笑っている若林が、当時はどんな言葉をかけたのかを教えてもらえなかったのが残念である。
(引用元:TechinsightJapan)
この話題にネットでは
「誰だよそれ!」
「嫌な世界だね」
「人気が落ちはじめてからってのがよりいっそうタチが悪いね!」
「オリラジが売れて調子に乗ってる時にいさめてあげなくて、後から憂さ晴らしみたいなイジメするなんて1番ダサい。最低」
「吉本、やっぱ怖いわ」
「この人も売れてる時に名古屋のローカルで暴露されてたけど先輩に挨拶しないイキってる新人だったんでしょ。さんまさんとか番組持ってて人気者の年上にはしても年上で売れてない人には態度悪かったから、同じ人には同じような人が、ってことよ」
「しくじり先生の時にも、最初の売れた頃は先輩にめっちゃ失礼だったって本人達も言ってたよね」
「でも吉本の先輩って売れてる後輩をかなり番組で持ち上げるよね。今だとEXITとか。なんかすごく不思議な雰囲気。心の中ではどう思ってるかわからないね」
という声も。
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みんなのコメント
名前 : あ 2020/04/10 21:24
狩野も自分より売れてない先輩には挨拶しなかったと尖ってたこと言ってたな。あと芸人の誰かが今の後輩には尖ったやつがいないとか。
狩野も自分より売れてない先輩には挨拶しなかったと尖ってたこと言ってたな。あと芸人の誰かが今の後輩には尖ったやつがいないとか。