「宮本武蔵」「ディア・ドクター」などの映画や「岸辺のアルバム」をはじめとする名作ドラマに出演した女優の八千草薫さんさんが10月24日、午前7時45分、膵臓がんのため死去したことが28日、分かったとか。88歳でした。
(以下引用)
昭和を代表する名女優が1人、令和が始まった年に静かに逝った。
昨年2月9日に所属事務所の公式サイトで、18年1月に膵臓(すいぞう)がんの手術を受け、19年に入って肝臓にもがんが見つかり、闘病中であることを公表していた。
(中略)
1947年に宝塚歌劇団に入団。52年の「源氏物語」で若紫を見事に演じて評判を呼んだ。美貌、清純派の娘役として一世を風びし、雑誌企画の「お嫁さんにしたい女優」で何度も1位を獲得した。
51年に「宝塚夫人」で映画デビュー。映画専科に所属して外部出演も数多くこなし、ヒロインお通を演じた54年の「宮本武蔵」(監督稲垣浩)が米アカデミー賞で名誉賞(外国語映画賞)を受賞するなど海外にもその名がとどろき、55年公開の日伊合作の「蝶々夫人」(監督カルミネ・ガローネ)で主役の蝶々さん役に起用された。
宝塚を57年に退団して本格的に映像の世界に進出。「花の生涯」(63年)「独眼竜政宗」(87年)などのNHK大河ドラマで活躍。おっとりした良妻賢母のイメージが強かったが、77年の「岸辺のアルバム」で浮気をする主婦役を好演し、ドラマの代表作とした。
宝塚を退団した57年に20歳近くも年上の映画監督、谷口千吉氏と結婚して話題を呼んだ。谷口監督が再々婚とあって周囲からは反対の声が渦巻いたが、めげずにゴールイン。おしどり夫婦として知られ、谷口監督が亡くなる07年まで50年間を連れ添った。
(引用元:スポニチ)
この話題にネットでは
「ご冥福を御祈りします」
「えー!まだまだお元気なイメージなのに…いつまでもお綺麗な凛とした女優さんでした」
「残念。上品で優しいおばあさんといえば、八千草薫さんだもの」
「お綺麗で若く見えるけど88歳か…」
「また一人昭和の大女優が逝ってしまわれたか…」
という声も。