53歳で超高齢出産した坂上みきさんの今を産経デジタルが取材しています。
(以下引用)
女性の社会進出と晩婚化が進む中、高齢出産(35歳以上の初産)に臨む女性は少なくない。ところが、FM局の人気パーソナリティーで現在は日本テレビ「PON!」(月〜金曜)にレギュラー出演中のタレント、坂上みきさんが平成24年7月、53歳で初めての妊娠を発表すると、世間は“超高齢出産”と大騒ぎし、注目を集めた。
あれから4年。私生活については口を閉ざす坂上さんが、産経デジタルの独占インタビューに応じた。仕事はもちろん、母としても伸びやかに今の生活を楽しむ坂上さんに、不妊治療を成功させ、高齢出産を乗りきった経験や、育児、そして今の仕事について、話を聞いた。
◆妊娠を諦める年齢から不妊治療
−−妊娠を発表し、“53歳超高齢出産”の見出しがスポーツ紙に踊った時の心境は?
「それはもう、驚きましたよ。7月の暑い日に突然、自宅のインターホンが鳴り、『週刊誌の者ですが、この辺に坂上みきさんのお宅があるはずですが』と聞かれたので、『それはウチですが』と答えたんですね」
−−それはドン引きするような、怖い話!
「ええ。あちらもびっくりしていましたけど、『妊娠している噂は本当ですか』と質問が始まったので『事実です』と答えた。そうしたら間髪入れず、新聞社の方もすぐ来られて、翌朝にはスポーツ紙の一面に“53歳超高齢出産”の見出しが躍った。それで慌ててお昼のレギュラー番組で発表させていただきました。そこからですね、電話やメールが次々きてオファーが殺到し、初めて事の大きさを認識しました(笑)。そんなに驚かれることだったんだ!と」
−−驚かれるとは思っていなかった?
「思っていなかったですね…。もちろん、高齢出産ということは分かっていましたけど、長らく不妊治療をしていたので、自分の中ではやっと授かった、という気持ちがいっぱいで、年齢は心の中でどこかに追いやっていたのでしょうね(笑)」
◆気持ちが「もぐら叩き」のように…
−−不妊治療はいつから?
「結婚をした47歳ぐらいから。普通なら妊娠を諦める年齢から不妊治療を開始していましたから、無謀なことだったんです。それでも、周囲には『半分諦めていますから』と言いながら、治療のたびに現実を突きつけられると、ものすごく辛かった。泣いて、泣いて、どれだけ泣いたか分からない」
−−どうしても産みたかった?
「もう諦めるべきだろう、というささやきは常にあっても、(子供が欲しいという気持ちが)ピコピコもぐら叩きみたいに出てきちゃう」
−−45歳でフルマラソンに初挑戦して完走できた坂上さんにはタフで諦めないイメージがあるが
「そんなタイプじゃないです。簡単に諦めたものはヤマのようにあります!そろそろアンニュイと呼ばれたい(笑)。
でも、これだけは抗えなかった。抗っても、抗っても、湧きあがる思いがあって、“なぜ、私はこうなんだろう”と、何度も何度も自問した。それでも、もう1回、もう1回と続けてきた。だから、授かったことには何か意味があるし、私たち夫婦には必要な子だったんだ、と今は思っています」
◆一度は流産…唱え続けた「呪文」
−−不謹慎な話だが、不妊治療で障害児が産まれると、それみたことかと揶揄する風潮がある。それについてどう思う?
「実は人は“出産”についてあまり知らずに生きている、と気がついた。私自身もそう。ひとくくりに“高齢出産”といっても、治療の方法や、出産方法など様々。調べれば分かることが、まだまだアンタッチャブルな世界なのか、世間一般の高齢出産に対する理解が少ないのは残念ですね。もっと教育の現場で、出産について教えてしかるべきだと思います」
−−意地悪な質問だが、もし産まれてきた子に障害があったら世間から集中砲火を浴びたのでは?
「そうでしょうね。本当は、すべての妊婦にとって、無事に出産できるかどうかは、年齢に関係なく、最後まで分からない。実は、一度流産したことがあるんです。当時は不安な気持ちで四六時中過ごしていた。不安な気持ちと流産に関連性はないけれど、その時に、出産とはそんな気持ちで臨んではいけないものなのだ、と骨身に染みて痛感したんです」
−−流産はいつ?
「40代後半」
−−では二度目は確固たる意志で出産に臨んだ?
「そうです。“不安に思ってはいけない”と呪文のように唱え続け、不安になるたび、ダメダメダメ!!とひたすら気持ちを打ち消していました」
◆「100歳以上生きる」でも「いつ死んでもいい」
−−出産前は、ギリギリまで働きましたね
「ええ(笑)。出産の10日前まで」
−−出産して、気持ちの変化は?
「幸せを感じる瞬間が圧倒的に多くなったということと、53歳で産んだから100歳以上生きる、と言うのが完全な目標です(笑)。ただ、長生きしなくてはと思う反面、矛盾するけれども、次の世代がいると、もういつ死んでもいいや、と思える、相反する2つの思いが常にあります。それは面白い変化ですね」
−−お子さんは、とても明るく元気ですね。
「そうですか?(笑)まあ、活発で健康な子です」
−−子育ての流儀は?
「自分流のスタイルを探している所。寝食忘れて打ち込めるものを何か見つけてほしい、と思っているので、その手助けをするのが親の仕事だと今は思っていますね」
−−子育て中に何か感じることはある?
「他界した母と話したい、と常に思いますね。母もこういう気持ちで子育てしてきたのか、と細胞の隅々で実感する感覚が、折に触れて充実感につながっている。子育ては幼いころの自分に重ね合わせながら追憶の旅をする、とても素敵な時間になっています」
−−いつも穏やかでニコニコしているお母さんの印象だが
「そんなことはないですよ。他のお母さんと同じように、私も子育て中にイライラすることはありますよ!まあ、そんなふうに感情の起伏があっても、子育て中の自分を俯瞰してみていられるのは、高齢で産んだお土産なのかな、とも思いますね(笑)」
(引用元 産経デジタル)
この話題にネットでは
「こういった方はまれ。というか奇跡」
「素直に 『良かったですね☆』と思う。子供が欲しい人への励みにもなるd(^_^o)」
「応援したくなる」
「諦めも肝心だよ」
「いつまでも生めますっていう記事書くのもうやめた方がいいと思う」
「色々なリスクが上がるだろうし、もし健康に産んであげられなかったら後悔しなかったかなって思ってしまった」
「確かに高齢出産にはリスクがある。けれど、医師が問題がなく産めると判断しているものを、外野がやいやいいうことではない。障害があったなら、社会で支える度量も必要」
「お金があるから出来ること。それと運が良かっただけ。普通の人は諦める」
「いい話ですけど、例外中の例外」
「正直可哀想じゃない?子供が20歳の時に70過ぎって。勉強、仕事、遊び、恋愛…負担になりそう」
「高齢出産でもどうしても産みたい人もいる、それでいいじゃん。よその家の事ですよ」
「還暦迎えた時はまだ7歳。この子が20歳になるとき73歳。。うーんやっぱり子供の将来ちゃんと考えての決断なんだろうか。まだ若いときに親の面倒見なきゃいけなくなる可能性大いにあるよね。子供には一切面倒見てもらわない覚悟で産んだのでなければ子供可哀相です」
「これを素晴らしいこととしないで欲しいなぁ。そもそもご自身の卵子なのかも分からないわけで。色んなリスクがあることは事実」
「子供を強く望む夫婦が努力して授かったのは素晴らしいことだよ。高齢出産でのリスクについては他人から言われるまでもなく十分考えて覚悟を持って臨んでいただろうしね」
という声も。