タレントの内山信二さん(34)が2日放送のテレ朝「しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル」に出演し、最高月収3000万円から収入ゼロのドン底生活を語ったとか。
(以下引用)
内山は6歳の時にフジ系「あっぱれさんま大先生」でデビュー。10歳の頃には最高月収3000万円を稼ぎ、週に5日は高級焼き肉店に通うセレブっぷりだったという。
さらに、当時所属していた事務所は手渡しでギャラを渡していたため、小学1年生の時には自身の収入をきちんと把握。これが金銭感覚の崩壊を招き、両親に対しても「アンタたちより稼いでるんですけど!」と暴言を吐くようになっていったことを告白した。
小学1年生の頃にもらっていた小遣いの額はなんと「お小遣い頂戴」のひと声で「5万円」だったことを告白。さらに女の子たちをお菓子屋さんに連れて行き「この1万円でお菓子を好きなだけ買っていい」と豪語し、「女はお金を持っている人が好きなんだ」と悟ったという。
さらに、大人を完全にナメていたといい、マネジャーには人気ゲームソフト「ドラゴンクエスト」の発売日に並ばせるなどやりたい放題。テレビ局のADを「エアガンで撃つ」などわがままの限りを尽くした。
しかし、人生の楽園は長くは続かない。
小学4年生の10歳で人生の頂上に到達すると、ここからドン底への転落人生が始まった。96年の14歳で「あっぱれさんま大先生」を卒業すると、1年後には仕事がゼロの開店休業状態。
すると友達がいなくなり、引きこもりから高校を中退したという。ご飯に焼き肉のタレをかけて食べる極貧生活を送り、非行に走った事をテレビで初告白した。その時は金髪に染め、警察に捕まったこともあったと驚きの事実を語った。
そして、引っ越しのバイトで朝から晩まで働いて、もらった給料が1万円だったことが「金銭感覚」を取り戻すきっかけになった。
ドン底の生活の中、何度も芸能界を辞めようと思ったが、さんまの「おい、内山。お前どうせヒマやろ?舞台やるから出てくれ」の一言で思いとどまった。「大きな分岐点では必ずさんまさんがいる」と切り出すと、「6歳で拾ってもらい、16歳で悩んでいたときもさんまさん。本当に師匠でもあり、恩師でもあり、先生です。感謝してもしきれない」と思いを語った。
父親は他界しており、今後は「お母さんと過ごす時間を大切にしたい」という。自身がドン底を味わった時には、母親から「これで、やっと普通の家族に戻れるね」と言葉をかけられ救われた。
「自分にはデブキャラがある」と、再び輝きを取り戻し親孝行することを誓っていた。
(引用元 スポーツ報知)
この話題にネットでは
「月に3000万円ももらうと子供だったらおかしくなるわな」
「内山10歳の90〜91年はバブルが膨れあがって国全体がイカれてた時期」
「全盛期の月収が三千万ってバブル時期とはいえ凄いな」
「3000万は眉唾だな。子役にそんな需要があるとは思えない」
「バブルもそうだけど、ケータイもネットもなかった頃だったから、ちょっとテレビに出ただけで国民的英雄扱いされる時代だったな」
「て、言うことは…さんまさん他人気タレントの月収っていくらなの? そっちが気になるわ、、、、」
「内山くんの失敗人生がすごいw」
「親がダメだな。親の威厳なんてあったもんじゃない。親が子供に気を遣ってるんじゃな(´・_・`)最近もそうゆう親が多いけどさ」
「内山くんの話は面白かったけど、物凄く人気子役と芸能界の闇を見た気がする。凄く良かった」
「話が上手いなあ。下手な芸人より凄い。才能だな」
「時折見せた悪人の顔が妙に似合っていたな」
「内山くん良い事を言ってたな。一万稼ぐのって大変です」
という声も。