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辻岡正人のブログ
誕生日:1979年9月3日
血液型:AB型


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  • エピソード・経歴
    辻岡正人(つじおかまさと、1979年9月3日)日本の映画監督、俳優。

    大阪府豊中市出身。AB型

    高校時代に塚本晋也作品『バレット・バレエ』で俳優デビュー。その後、100万円の資金を元手に18歳で脚本、20歳で撮影、22歳で初監督映画『ロスト・バイ・デッド』を完成させる。

    2002年、大手配給会社と契約。2003年、23歳の異例の年齢で監督デビュー。多数のワイドショーや報道をきっかけに、東京の劇場では120%の動員で記録を塗り替え注目を浴びる。当初東京だけでの公開だったらしいが、辻岡を「バイオレンスの申し子」などと呼称する若者の口コミで評判が全国へ伝播し、結果全国劇場公開となった。自主映画が商業映画に勝るとも劣らない(宣伝、公開館数、DVD販売域、作品内容)作品として、邦画では大変珍しい作品である。

    デジタル・ビデオ・シネマ(DV映画)創立世代の一人。35mmフィルムで制作される映画が主流であるが、21世紀になりデジタル機器が進化する途上、監督の自己資金で安価に制作されたデジタル・ビデオ・シネマ(DV映画)が一般映画に劣らないクオリティーを持つことからブームとなる。デジタル機器と操作する技術、プロフェッショナルな作品を制作できるのであれば「監督になれる」という時代の移り目の中、『ロスト・バイ・デッド』は完全監督自己資金で作り上げられ、大手配給会社と連携し、一般的な単館商業映画に匹敵する規模で宣伝・公開が行われた。

    2005年、第二回監督映画『DIVIDE』はゆうばり国際ファンタスティック映画祭を皮切りに25ヶ国以上の海外映画祭に出品。カナダで開催されたトロントリールハート国際映画祭で40ヶ国500作品の中から日本人初の監督賞を受賞。日本での報道は極少であったが、欧米の報道とインパクトは大きく人気は高い。米紙の「世界の映画監督100選」に明記されていた。これは『DIVIDE』の過度な海外国際映画祭出品の功績によるものと考えられる。

    一人十役を担う独特の制作スタイルが生み出す作品は、海外の若手映像作家をも虜にしている。デイモン・ダッシュは「フラストレーションをダイナミックに放出させる手腕に脱帽させられる奇才」などのコメントをしている。アメリカ民放では「insane man」(狂気の男性)と報道され、ハンブルク国際映画祭では熱狂的な青年によって特集「Masato Tsujioka World」が組まれている。『DIVIDE』のゆうばり国際ファンタスティック映画祭出品時、『パルプ・フィクション』のアマンダ・プラマーから電話がかかってきて、会場が大騒ぎになった。

    俳優としてはクローズZERO出演以降、主演が立て続き、2009年12月「日経エンタテインメント-日本映画を動かす100人」主演俳優部門で小栗旬、成宮寛貴と同列の29位に選出された。



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